これは普通に始まった筈のある休日の一コマである。
四幕『休日』
日曜日の七夜家において最も早いのは志貴である。
早くに起きてからまず軽くジョギング(三咲町一周)をしてそれから庭で技の鍛錬を行う。
常人から見れば信じがたいスピードで次々と繰り出される技の数々だが志貴にしてみれば食前の軽い運動に過ぎない。
「志貴ちゃんおはよう」
鍛錬が終わるのとほぼ同じに琥珀が姿を見せる。
「ああ、琥珀おはよう」
汗を拭い微笑む志貴。
それを間近で見れるのは現時点では二番目に速く起きて、朝食の用意をする琥珀だけの特権。
琥珀とほぼ同じ時間に起きる翡翠は洗濯を行っているが、翡翠は翡翠で鍛錬の時の真剣な表情を至近で見れる特権を持っている。
「うん、朝ご飯出来たよ」
「そっか・・・皆は?」
「えっと・・・やはりお寝坊さん・・・」
「仕方ないな・・・」
志貴はやれやれと肩をすくめる。
「じゃあ俺が全員起こすから取り敢えず朝食の準備初めて」
「うん、翡翠ちゃんお洗濯終わった??」
「うん、直ぐ終わるから手伝うね。姉さん」
「お願い翡翠ちゃん」
二階に上がるとまず志貴は一番手前の部屋に入る。
そこでは深夜まで研究を続けていたのだろう。
シオンは机に突っ伏したまま安らかな寝息を立てている。
「ふう・・・シオン・・・ほら・・・シオン」
志貴が軽くゆすると
「ん・・・志・・・貴・・・おは・・・!!!」
最初ボーっとしていたが眼の前の人物を認識した瞬間、加速度的に覚醒して跳ね起きた。
「し、しししししししししし・・・志貴!!!!貴方という人は何度言えばわかるのですか!!私の部屋に無闇に入らないようにと!!」
「いや、もう飯だから起こしに来ただけだが」
「それでも問題が大有りです!!!・・・第一こんなみっともない姿を志貴に見られるなんて・・・そ、それにどうせなら先ほど寝惚けていた時におはようのキスを・・と・・・何を言って・・・」
あっと言う間に高速思考のループに落ち込んだシオンを尻目に志貴は部屋を後にしていった
「取り敢えずもう飯出来ているから早く起きて来いよ」
届いているかどうか判らないがそんな台詞を言いながら。
次に志貴はアルクェイドの部屋に入る。
そこには、
「むにゃ〜志貴〜」
心底幸せそうな表情でお手製の志貴人形を抱きしめて眠る純白の姫君がいた。
「あいつ・・・それは止めてくれと・・・」
志貴は顔を真っ赤にさせてアルクェイドを起こしにかかる。
「ほらアルクェイド・・・朝だぞ」
それに対して
「んー・・・志貴におはようのキスしてもらわないと起きない〜」
そんな素敵な返答が返ってきた。
それを聞いた志貴は無言で何処からともかく取り出した鉛筆で、
ビシ・・・
「いったーーーーーーーーい!!!!」
でこペンを放っていた。
「志貴〜痛いよ〜」
「やかましい。そんなバレバレの寝言言うお前が悪い。それとこれを抱きしめて寝るのは止めろと言っているだろ。心底恥ずかしいんだぞ」
「でも〜」
「デモもストも無い。朝飯出来たから降りて来いよ」
そう言うと志貴は最後のアルトルージュの部屋に入る。
そこではやはりアルトルージュが寝ていた。
「すー・・・すー・・・えへへ・・・志貴君・・・」
それもこちらではお手製の等身大志貴人形を抱き枕宜しくぎゅっと抱きしめて・・・
「やはり姉妹だ・・・」
志貴はもはや脱力しながらも
「ほらアルトルージュ・・・起きて・・・」
「んんっ・・・志貴君が抱いてくれないと・・・」
皆まで言わせず今度は拳骨が飛ぶ。
「いったーーーーーい!!!」
アルトルージュが飛び起きる。
「志貴君!!レディの頭殴るなんて最低よ!!」
「うるさい。妹と同じ事言って・・・それと朝飯出来たから」
「む〜」
これが七夜家では日常と化している出来事である。
そして余談だがサイズこそまちまちであるがお手製志貴人形は翡翠も・・・琥珀も・・・シオンも・・・いや、レンすら持っている。
朝食も終わると各自自由行動となる。
後片付けをする者、部屋に再度篭る者、居間でテレビを見る者様々である。
志貴の行動は日によってまちまちで、外に出たり部屋に篭ったりと違ってくる。
そして今日は・・・
部屋で午睡を貪っていた。
ここ数日深夜まで鍛錬をしていた疲れを取る為だ。
ようやく『九死衝』の改良にメドが付いて来たので連日日付が変わってからも鍛錬に勤しむ事が多い。
皆そんな志貴を心配したのだが、志貴自身は言われるまでも無く、休養を取る時にはしっかりと取っていた。
こうやって午睡を取りながら静かに身体を休めている。
そして精神上でも・・・
「んっ・・・ああ、レンお前が用意してくれたのか」
寝心地の良さそうな草原で志貴に膝枕をするのはレンだった。
起きようとした志貴をレンは軽く制する
(起きちゃ駄目)
そう言わんばかりに少し怒ったような目を向ける。
「判ったよ・・・今は休憩中だもんな」
「・・・(こくん)」
志貴の独白に満足そうに肯くレン。
「じゃあ・・・昼になったら起こしてくれよレン・・・」
やがて夢の中でも志貴は安らかな寝息を立てて眠りにつく。
こうして志貴は昼までの間肉体的にも、精神的にもゆっくりと眠りについたのだった。
午後に入ると・・・
「うにゃあああ〜志貴これ教えて〜」
「志貴君私も〜」
アルクェイドとアルトルージュが悲鳴を上げて志貴に助けを求める。
「えっと・・・ああ、古典か・・確かに二人には難しいよな」
苦笑して二人に古典の勉強を教える。
「し、志貴・・・私にも国語を・・・」
「ああ判った」
その後ろからシオンが助けを求める。
「「志貴ちゃん・・・数学教えて〜」」
「ちょっと待っていて」
翡翠・琥珀の悲鳴にそう答える。
「じゃあ私が教えるね」
「「うん、お願いさつきちゃん」」
さつきが翡翠達を教える。
「おい七夜〜」
「貴様は独力で解け」
最後まで言わせる事無く志貴は有彦を突き放す。
「そりゃ無いだろ〜」
「うるさい、お前の場合全部だろうが」
漫才もどきの中志貴達は勉強会に勤しんでいる。
理由は簡単、二年生二学期の期末試験が近いのだ。
志貴自身は全科目既に習得済みだが他のメンバーはやはり一科目無いし二科目、最悪の奴だと全科目(誰かは言うまでも無い)苦手である為、個別よりは全員揃ってと言う事になった。
その際さつきは翡翠が呼んで有彦はゴキブリの如くいずこから姿を現して始まった訳だが・・・
「おい七夜晩飯はなんだ?」
「お前飯までたかる気か?『居候三杯目はそっと出し』と言う言葉知らないのか?」
「まあ良いじゃねえか。『袖触れ合うも多生の縁』とも言うだろうが?」
「貴様との縁は断ち切りたい位なんだが」
そんな、憎まれ口を叩きあいながら、それぞれノルマをこなしていく。
「そういや遠野はどうしたんだ??」
「ああ、四季なら今日は秋葉と一緒に視察だとさ」
「視察??はぁ〜大変だな〜」
「ああ、何でもグループ内の改革が途中でその所為か、内部も混乱しているから、そう言った所はちゃんと見ないとって言っていたし」
「大変だねぇ〜将来の大企業のトップは」
そんなこんなで勉強会も終わり、そのまま帰ると言うのも妙だったので、本当に全員で夕食となった。
「志貴ちゃん今日はどうする?」
「そうだな・・・そう言えば父さんからの仕送りもう直ぐだったか??」
「うん、明日がそう」
「じゃあ・・・ホットプレート用意して焼肉にするか?」
「そうだね。じゃあ志貴ちゃん、お肉買ってきて」
「ああわかった。あと、野菜も買ってくるよ」
「うん、じゃあナスとカボチャに・・・」
そう言って琥珀はサラサラと書いていく。
「他には無いか」
「うんこれで完了」
「判った。じゃあ行って来るよ」
「うん、行ってらっしゃい」
賑やかな夕食も終わり、有彦とさつきが帰って女性達が風呂に入っている間に志貴は中庭で修行の続きを行う。
「はっ!!」
パズルのピースを一つずつはめ込む様に技が形となって行く。
「よし・・・これで完成したな・・・後は反復を行えばいいか・・・そろそろ風呂に入るか・・・いや・・・まだのようだな」
家に戻ろうとした志貴だったが、不意に足を止める。
そこには複数の死者を従えた死徒が佇んでいた。
だがこれは今では見慣れた光景である。
と言うのも一年前から志貴の居所が敵対する死徒達にばれたらしく、時折三咲町に刺客が送られる様になっていた。
一応その旨はアルクェイドを始めとして志貴に関係するもの全員に伝わり被害は皆無であった。
服装などから察するに、死者も現地ではなく元々従えて来たもののようだ。
「見つけたぞ・・・『真なる死神』よ」
「・・・あんたらもしつこいな。いい加減俺に付きまとうのは止めようとは思わないのか?」
「はっ何を言うか貴様は危険そのもの、それを放置する訳がなかろう」
「はあ・・・まあ良いか。後こんな雑魚にアルクェイド達呼ぶのもなんだから・・・ロック」
うんざりした様に指を鳴らして空間を封印する。
「さてと・・・じゃあ・・・行くぜ・・・」
「??・・・ひっ!!!」
僅か数瞬の出来事だった。
「オープン」
空間が開放される。
死徒も死者も完全に切り刻まれ既に灰と化していた。
「やれやれ・・・さて・・・風呂入って寝るか」
やっとの事で家の中に帰る。
真っ先に向かった先のバスルームは電気が消されている。
しかし、志貴は警戒しながら中の気配を確認する。
本当に人っ子一人いない事を確認するとようやく志貴は服を脱いで風呂にゆっくりと浸かる。
と言うもの、アルクェイド達が来て暫く経った頃、アルクェイドが志貴の入浴中に雪崩れ込んだ事があり、それが発端となってアルトルージュ・シオンも同様に雪崩れ込み、翡翠に琥珀に至っては二人揃って、挙句にはレンまでも苦手な水を我慢して入浴中の志貴に襲撃を掛けてくる。
神経もぴりぴりすると言うもので、先程の死徒の襲撃よりも遥かに厄介だ。
電気を消して安心した志貴に待ち伏せをかける場合もあるため志貴にとっては気が気ではなかった。
それでも今夜は安心して風呂に入り、一日も無事に終わりそうだった。
しかし、志貴のそれは甘かった。
なぜなら・・・
「さてと寝ようか・・・」
と言って部屋に入ると、
「「志貴ちゃん」」
志貴は硬直した。
翡翠と琥珀がいつもの寝巻きでなく襦袢だけをまとってそこに座っていたのだった。
かすかに見える二人の素肌に志貴は思わず生唾を飲み込む・・・
「ど、どうしたの?」
「志貴ちゃんに」
「処女を捧げに来たの・・・」
あまりにもストレートな言い回しに志貴の方が絶句する。
何時まで経っても自分達に手を出してこない志貴に対して遂に痺れを切らしたのだ。
この件については当の昔に真姫から「どうせなら志貴を襲って既成事実作っちゃいなさい」と極めて物騒な許可を貰っている。
「い、いや、二人とも・・・」
しかし、この時狂想曲は盛大に鳴り響いていた。
どたどたと階段を駆け下りる音と共に部屋に乱入してくるのは
「あーーっ!!ヒスコハ抜け駆け!!」
「ちょっと二人とも!!ずるいわよ!!そんなの」
「そうです!!翡翠!!琥珀!!それはルール違反です!!」
そう言いながらワイシャツ一枚で下には何も着ていないアルクェイド、スケスケのネグリジェを着たアルトルージュ(それも『月界賛美歌』を発動させたのか成長しアルクェイドに匹敵するスタイルを持った状態)に、普通にパジャマを着ているが、下着を何一つつけていない(中途半端に止められたボタンからわかる。少なくとも上はつけていない)シオンが乱入して来た。
この後は何があったかは詳しく記述しない。
それが志貴本人の精神衛生上の為であるし、これを一語一句残さずとなると更に膨大な量となるので割愛させて頂く。
この後志貴にとって就寝すら気の休まる場ではなくなった事だけ記述しておこう。